はじめに

 日本は,1994年(平成6年)に,米国産リンゴの輸入を解禁した。ところが,品種ごとの検査などの条件を課してきたため,その手続が米国産リンゴの自由な輸入を不当に制約するものであるとして,米国からWTOに提訴され挑戦を受けることとなった。
 筆者は,2003年(平成15年)3月の国際商取引学会西部部会において,米国産リンゴに関する二つの事件を素材に,WTO体制下における植物検疫の問題を素描した。その後,第2リンゴ検疫事件についても,WTOのパネルおよび上級委員会の判断が示された。
 近時,BSE感染牛に伴う米国産牛肉やインフルエンザ感染鶏に伴うタイ産鶏肉の輸入禁止措置が話題となっている。植物と動物の相違はあるが,これらの問題への視座を提供する一助になれば幸いである。

第1 WTOと植物検疫

1 GATTからWTOへ

 WTO(World Trade Organization,世界貿易機関)は,2003年(平成15年)9月末現在,148ヵ国が加盟し,国際貿易の中核機関となっている。WTOは,第二次世界大戦後の世界経済復興を貿易面から支えてきたGATT(「関税及び貿易に関する一般協定」)が,発展的に解消し,1995年1月に発足したものである。
 GATTが実体としての機構を持たない「協定」として運営されていたのに対して,WTOは強固な基礎をもつ国際機関である。WTO発足にもとづき,新たに農業・繊維貿易に関する協定,サービス貿易および知的財産に関する協定が作成されたほか,紛争解決手続が統一化され,手続が迅速かつ円滑に進むこととなった。

2 SPS協定

(1)WTO協定は,「世界貿易機関を設定するマラケシュ協定」(※1)(通称「WTO設立協定」)と4つの附属書に含まれている各協定の集合体から成る。
 4つの附属書のうち附属書1ないし3は,WTO設立協定と不可分で,一括受諾の対象となっている。よって,WTO加盟国となるためには,WTO設立協定と附属書1ないし3のすべてを受諾しなければならない。
 附属書1には,附属書1A,同1B(通称「GATS」)および同1C(通称「TRIPs協定」)がある。このうち,附属書1Aは「物品の貿易に関する多角的協定」であり,この中に,(C)衛生植物検疫措置の適用に関する協定(※2)がある。

(2)「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」(以下,「SPS協定」と省略する)は,ウルグアイ・ラウンド(※3)で成立した条約で,物品の貿易に関する協定に含まれることから理解できるとおり,物品を対象とし,比較的古くから存する分野に属する。
 SPS協定は,「人,動物又は植物の生命又は健康を保護する」(第2条1)という衛生植物検疫措置の本来の目的とともに,貿易に与える影響を最小限にすることを確保するための具体的ルールを提供している。加盟国は,特別な場合を除き,「自国の衛生植物検疫措置を国際的な基準,指針又は勧告に基づいてとる」こととされている(第3条1)。
要するに,SPS協定は,衛生植物検疫措置が恣意的もしくは不当な差別の手段や自由な国際貿易に対する偽装した制限とならないこととし,貿易に対する悪影響を最小にするため,当該措置の企画,採用および実施の指針となる規則や規律の多角的な枠組みを提供している。

(3)ところで,従来のGATT条約(1947年)では,自由貿易の例外としていわゆる「非貿易的関心事項」が規定されている(第20条)。その一つに,「人,動物又は植物の生命又は健康の保護のために必要な措置」がある((b)項)。植物検疫は,この条項に該当するとして,自由貿易の制限を正当化する手段として利用されそうである。
   そこで,この非貿易的関心事項とSPS協定との関係が問題となる。SPS協定によれば,検疫・衛生措置は,人および動植物の生命又は健康を保護するために必要な範囲で科学的原理にもとづいて適用されねばならず,それ以外は,不当な貿易障壁となる。SPS協定は,自由貿易とその例外事項について,より詳細で具体的なルールを定めるためのものであり,よって,SPS協定の適用に先立ってガット違反の事実が認定される必要はないと考えられる。いわゆる「ECホルモン牛肉事件」(※4)のパネルも,同様の判断を行った。(※5)

3 植物検疫

(1)植物検疫(Plant Quarantine)は,国外からの害病虫の侵入や蔓延を防止するために,海空港などで検査し,適切な措置を法的に講ずること,および国内における蔓延を防止することをいう。周囲が海である日本では,元来固有の植物に有害な病害虫が存在するが,流通手段の急速な発達とともに,未発見の病害虫が国外からの植物の輸入時に海港,空港で発見されることが多くなった。そこで農業生産の進展のため,病害虫による農作物などの被害防止が必須となり,病害虫の防除を行うとともに輸入植物の検疫を実施することにより,病害虫の蔓延を防ぐ必要があった。
   日本の植物検疫は,植物検疫法(※6)にもとづいて実施されている。これらの業務は,全国の海空港などに設けられた植物検疫所(横浜,名古屋,神戸,門司,那覇の各本所およびそれらの支所,出張所を含め約100機関)に配属された植物防疫官によって遂行される。同法の目的は,輸出入植物および国内植物を検疫し,ならびに植物に有害な動植物を駆除し,および蔓延を防止し,もって農業生産の安全および助長を図ることにある(第1条)。

(2)国際的にみれば,1930年代の国際交流隆盛に伴い,統一的条約の制定が叫ばれ,1951年のFAO総会において国際植物防疫条約(※7)が成立した。同条約の目的は,植物検疫に関して国際間の検疫活動を有効にするための措置などを締結し,国際協力を促進することにある。現在,約120ヵ国が加盟している。
   条約の締結国には,次の義務が課されている。
@ 病害虫の侵入および蔓延を防止するため,立法的,技術的かつ行政的施策を講ずること
A 公的防疫機関を設置し,世界の地域的植物防疫機関の設置に協力すること
B 他の締結国の植物防疫法令に適合する植物検疫証明書の発給の措置を講じ,証明書の様式は条約附属書の定めに従うこと
C 自国への病害虫の侵入防止のため,植物検疫上の理由により必要とされる限度において,植物などの輸入に関する制限(禁止,抑留,処置,廃棄)を行うことができること
D 国際的な防除活動に協力し,重要な病害虫の発生に関する情報をFAOに通報すること

第2 リンゴ検疫事件 

1 米国産リンゴの解禁直後の輸入状況

(1)日本は,1994年(平成6年)8月,米国産リンゴについて,一定の検疫措置を条件にデリシャス系二品種の輸入を解禁した。翌年1月には,レッドデリシャスとゴールデンデリシャス(2品種)を輸入を開始した。
   こうした米国産リンゴの輸入については,「こぶり」で「丸かじり」できるとのアピールポイントが示されていた。米国は,その後5品種に対する追加解禁を求めたが,日本は防疫措置の有効性を示す試験データが品種(variety)ごとに必要であるとの立場を堅持し,これらの品種についてはそのデータが得られていないことを理由に応じなかった。
   米国産リンゴの輸入は,1995年(平成7年)には8935トンであったものが,1996年(平成8年)には404トン,さらに1997年(平成9年)には105トンの量となり先細りとなった。こうした数字から,一般に米国産のリンゴの輸入は,失敗に終わったと評価されている。

(2)こうした米国産リンゴの輸入の失敗については,次のように,いくつかの理由が指摘されてきた。
@ 一部からチアベンダゾール(防かび剤)が発見されたこと
A 日本人はリンゴの皮を剥いて食べるのが一般化していること
B 競合する国内品種(国産M玉)に比べて必ずしも低価でないこと
   ただ,失敗の最大の理由は,米国産リンゴの味が日本人の嗜好に合致しなかったことが考えられるが,この点についての実証的研究は難しい。

2 輸入リンゴに対する検疫の実際 

(1)植物一般についてみると,植物を輸入した者は,直ちに植物検疫所に届け出て植物検疫官の検査を受けることが要請され,有害動植物が発見されなかった場合には,合格証明書が交付される。一方,有害動植物が発見された場合には,種類に応じ,消毒・廃棄などの措置が採られる。
   また,省令で定められた地域から発送される省令で定められた植物については輸入禁止であり,輸出国で病害虫の完全殺虫方法が確立され,日本で方法の確実性を認めれば輸入できるとの措置が採られている。
   リンゴを含む8つの果物(リンゴ,サクランボ,モモ(ネクタリンを含む),クルミ,アンズ,ナシ,プラム,マルメロ)については,植物保護法および同法施行規則にもとづき,コドリンガ(蛾の一種)という害虫の侵入を防ぐ目的から,その輸入が禁止されてきた。

(2)植物の輸入禁止措置は,輸出国が,輸入禁止と同等の保護水準を達成する検疫を行った場合には解除される。
   代表的な検疫措置のモデル(昭和62年)として,農林水産省が2つのガイドライン作成している。それは,@ 殺虫効果を調べる「品種ごとの試験要件」(varietal testing requirement)を行うこと(輸出国での実験)と,A 臭化メチルくん蒸(methyl bromide fumigation)またはくん蒸と低温処理(cold treatment)の組み合わせの方法に拠ることである。
   米国以外からも,以前から,衛生要件を緩和し輸入を認めるべきとの要請(フランス産リンゴとチチュウカイミバエ等につき)があり,また,リンゴの解禁を進めるべきとの要請(オーストラリア産リンゴとクインズランドミバエ等につき)がなされていた。

(3)他方,防疫を目的とする消毒措置は,病害虫の侵入防止の観点から100%の殺虫効果が必要で,大量の貨物を短時間で簡便に,しかも農作物に障害を与えずに行うことが要求される。
   この要求を最も満たすのが「くん蒸」であり,輸入植物検疫で使用されるものには,@ 臭化メチル,A 青酸ガスおよびB リン化アルミニウム剤の3種が用いられ,特性および使用方法を熟知し,経験豊富な者が実施する必要がある。
 臭化メチルは沸点3.6度(摂氏)で,常温ではガス体である。液体およびガスとも無色透明で,蒸気圧が低くボンベや缶に容易に充填でき,気化熱が比較的小さいため少量であればガス化に気化器を要しない。爆発限度は,くん蒸の濃度(通常1.5%以下)と大きく異なり範囲も狭いため,ほとんど爆発することはない。日本では,毒物及び劇物取締法(※8)により劇物に指定されながら,貯穀害虫,木材害虫のほか,生植物に対しても殺虫性が有効で,検疫くん蒸において,幅広く使用されている。
   なお,害虫の感受性は,害虫の種類,態などによって異なり,成虫に比較してサナギは約2倍の強さをもち,幼虫はやや強い程度で,卵は成虫と同程度かやや弱いとされている。

(4)米国は,日本の植物検疫規則では,輸入生鮮園芸産品の検査の際に積み荷に生きた虫がついていることが分かった場合,それが深刻な害虫と見なされるかどうか,あるいはそれが既に日本に存在するか否かにかかわらずくん蒸を義務づけているとして,かかる措置が,不当に自由貿易を制限するものであるとの批判を行った。

3 日米両国の対立

(1)1997年(平成9年)4月,米国は,日本に対して,植物検疫に関する輸入解禁措置につきSPS協定等に違反することを根拠に,GATT条約23条にもとづく二国間協議を要請した。(※9)米国は,日本が品種(variety)ごとの試験を必要とする措置をとっていることが米国産農産物の対日輸出に悪影響を及ぼしていると主張した。
   日本は,同一品目(product)でも,品種(variety)別に殺虫効果の違いがあることは,科学的根拠にもとづいており,輸入解禁品種の追加については,品種別に試験を行うことが必要であると主張した。1997年(平成9年)6月5日,ジュネーブにおいて,二国間協議を行ったが合意に至らなかった。

(2)要するに,米国の主張は,品種間に差があることを示す根拠がないから品種ごとの試験は不要であるとするのに対して,日本の主張は,リンゴ以外の果実で品種間に殺虫効果の違いがみられた例があることからリンゴにおいても品種によって違いがないと断定できないとするものである。

4 パネルの設置と両国の主張 

(1)1997年(平成9年)11月18日,WTOはパネルの設置を決定した。第1回会合は1998年(平成10年)4月2日と翌日,第2回会合は同年6月23日と翌日に実施され,中間報告が同年8月6日に出された。 

(2)パネルにおける米国の主張を要約すれば,次のとおりである。 
@ 日本が,コドリンガの寄生植物に対する輸入禁止措置を解除する際に,米国に要求している品種(variety)ごとの米国内での試験は,科学的根拠にもとづいておらず,米国の農産物の輸出に悪影響を与えており,SPS協定違反である。
A コドリンガの防除効果に,品種間の差はなく,あっても微小なものにとどまっているため,品種ごとに輸出国に試験を課すのは,SPS協定違反であり,植物検疫に名を借りた非関税障壁である。

(3)これに対する日本の主張を要約すると,次のとおりである。
@ 品種(variety)ごとの輸入解禁は,品種ごとに殺虫効果が異なる可能性があることを示す科学的証拠にもとづいており,SPS協定を遵守してきたものである。
A ネクタリンとサクランボでは,「明らかな防除効果の差」が存在するもので,品種ごとの検疫を行うことは,(品種ごとに殺虫効果に差がある以上)科学的根拠があり正当な制度である。

5 パネルの判断

(1)パネルは,1998年(平成10年)10月28日,報告書を提出し,日本の品種ごとの試験要求は,十分な科学的根拠なしに維持されていることなど,衛生植物検疫措置の適用に関する協定(SPS協定)に違反しているとの結論を出した。

(2)パネル報告の概要は,次のとおりであった。
(2−1 紛争の対象)日本がコドリンガが寄生するとしている品目で,その殺虫のために臭化メチルくん蒸または臭化メチルくん蒸と低温処理の組合せが適用される品目は,具体的には,リンゴ,サクランボ,モモ(ネクタリンを含む),クルミ,プラム,ナシ,アンズ,マルメロ(8品目)である。 
(2−2 科学的証拠,SPS協定第2条2(※10))提出された証拠からは,リンゴ,サクランボ,ネクタリン,クルミにつき,品種間差が検疫措置に影響を与えることが結論づけられず,品種ごとの試験要求が必要であることは示されないので,日本の措置は,これら4品目について十分な科学的証拠なしに維持されている。日本が,臭化メチルくん蒸などによる殺虫試験結果の提出を品種ごとに要求してきたことには,十分な科学的根拠がない。
(2−3 貿易制限的でない他の代替措置の有無,SPS協定第5条6(※11))リンゴ,サクランボ,ネクタリン,クルミについては,必要以上に貿易制限的でなく,かつ植物検疫上の適切な保護水準を達成し得る代替措置があり得る。
(2−4 予防原則,SPS協定第5条7(※12))暫定的に検疫関連の措置をとるための義務を果たさず,放置した。
(2−5 措置の透明性,SPS協定第7条(※13))日本が品種ごとの試験要求をしていることは公表されておらず,措置の透明性を欠く。

(3)以上の結論のほか,パネルは,紛争解決機関が日本に対して措置の整合性を図るよう要求することを勧告した。
   ただし,品目(product)ごとの試験で十分であるとする米国の主張については,科学的根拠があるとは判断できないとした。

6 上級委員会の判断

(1)上級委員会は,1999年2月,日本が解禁に際して品種ごとに殺虫試験により確認を行っている現行の方法は,十分な科学的根拠がないとして,SPS協定に違反しているとするパネルの判断を支持した。

(2)上級委員会が,(1)の結論を採った理由は,次のとおりである。 
(2−1 科学的根拠,SPS協定第2条2)提出された証拠からは,リンゴ,サクランボ,ネクタリン,クルミについて,品種間差が検疫措置に影響を与えることが結論づけられず,品種ごとの試験要求が必要であることは示されないので,日本の措置は,これら4品目について十分な科学的根拠なしに維持されているとのパネル認定は支持できる。
(2−2 貿易制限的でない代替措置,SPS協定第5条6)品目ごとの輸入解禁措置こそが,日本の検疫の要求を満たす代替措置であるとの米国の主張は,受け入れられない。パネルは,リンゴ,サクランボ,ネクタリン,クルミについて,米国が立証していない代替措置を自ら考え出し認定したが,これは挙証責任の原則を逸脱するので,その認定を取り消す。
(2−3 危険性の評価,SPS協定第5条1(※14))プラム,ナシ,アンズ,マルメロに関する品種ごとの試験要求は,SPS協定第5条1に違反し,危険性の評価にもとづいての措置とは認められない。
(2−4 透明性の確保,SPS協定第7条)日本の品種ごとの試験要求については,公表されておらず,透明性を欠くとのパネル認定を維持する。

7 その後の日本の対応

(1)パネルおよび上級委員会の判断を受け,日本は,1999年(平成11年)7月30日,フジ,ガラ,ブルーバーン,グラニースミス,ジョナゴールドの5品種の輸入を解禁した。また,同年12月27日,品種ごとに行われていた試験要求の仕組みを,同年12月31日で廃止すると発表した。

(2)その後,濃度時間値(Concentration Time)方式を用いることで合意し,2001年(平成13年)10月の告示で,この方式の採用を明らかにした。これは,リンゴが殺虫されたかどうかを調べるため,2時間のくん蒸時間の後,害虫を殺すに足りるガスがどの程度の濃度で残っているかを検査する方法である。

第3 第二のリンゴ検疫事件

1 事件の背景

(1)米国産リンゴの輸入解禁につき,日本は,1994年(平成6年)8月以降,日本未発生の火傷病(かしょうびょう)侵入防止措置として,(a)火傷病完全無病園地の指定,(b)輸出園地周囲に500mの緩衝地帯の設置,(c)年3回(開花期,幼果期,収穫期)の園地検査の実施(日本検査官立会い)および(d)果実の表面殺菌(殺菌プールにつけて行う,日本検査官立会い)を課してきた。

(2)1999年(平成11年)8月,日米植物検疫定期協議において,米国から,火傷病に対する検疫措置の変更について提案があった。また,1999年(平成11年)10月,日米植物検疫専門家会合において,検疫措置の変更の検討は技術問題であり,科学的根拠が必要であるとし,(b)緩衝地帯および(c)園地検査につき,日米共同試験を実施することとした。
   (b)緩衝地帯については,2000年(平成12年)4月から12月に,ワシントン州において日米植物検疫専門家による共同試験を実施し,(c)園地検査については米国は適切な園地がないとして実施できず米国は独自に人工接種試験を実施した。2001年(平成13年)2月,米国は,これらの試験データを提出した。

(3)2001年(平成13年)10月,日米は,専門家会合を開催し,火傷病の検疫措置に関する協議を行った。
   米国は,火傷病はリンゴ生果実内には存在せず伝搬のおそれはないとして,日本が米国産リンゴの輸入解禁のために要求している輸出園地条件等は不要と主張した。日本は,生果実内に火傷病が寄生する可能性があるため輸出園地条件等は引き続き必要と主張し,双方の主張は平行線をたどった。

2 二国間協議とパネルの設置

(1)米国は,WTO紛争解決手続に付託し,2002年(平成14年)4月,日米間でGATT条約23条にもとづく協議が開催されたが,合意に至らなかった。そのため,米国は,本件に係わるWTOパネルの設置を要請した。

(2)2002年(平成14年)6月,WTO紛争解決機関特別会合において,パネルの設置を決定した。第1回会合は同年10月21日と翌日の両日,第2回会合は,2003年(平成15年)1月13日,14日および16日に実施された。

3 両国の主張

(1)米国の主張を要約すれば,次のとおりである。
@ 「成熟した火傷病の病徴のない」リンゴ果実の内部に火傷病菌は存在せず,表面にも稀にしか存在しない。たとえ火傷病菌が存在しても商業的な貯蔵や輸送を通じて生き残ることは考えられない。また「成熟した病徴のない」リンゴ果実が火傷病を伝搬するという直接的な証拠はない。
A 過去35年間にわたり多量のリンゴ果実が米国から火傷病未発生国・地域(台湾,香港,インドネシア,サウジアラビア等)に輸出されたが,それによって火傷病が伝搬されたり,発生したことはない。
B 米国産リンゴ生果実の火傷病に関する日本の病害虫危険度解析(以下,「PRA」という)は,国際植物防疫条約のPRAガイドライン(国際基準)に基づいておらず,日本が主張する火傷病の伝搬経路は仮説のシナリオであり,火傷病の侵入の可能性を科学的証拠に基づいて評価していない。
C したがって,日本の火傷病に関する植物検疫措置は,十分な科学的根拠を有しておらず,SPS協定に整合していない。

(2)日本の主張を要約すれば,次のとおりである。
@ 「成熟した火傷病の病徴のない」リンゴ果実の内部又は表面に火傷病菌が存在したとの報告(van der Zwetら,1990)がある。また,火傷病菌の生態,生存能力等からみてリンゴ果実の内部または表面で生存可能である。さらに,リンゴが成熟するまでの間に火傷病菌が死滅するという証拠はない。成熟しかつ病徴のないリンゴ果実でも火傷病を伝搬しないとは言えない。
A 米国産リンゴ果実の主要輸出先は,熱帯や乾燥地帯の国々が多く火傷病菌の侵入に適しておらず,日本とは状況が異なる。過去に火傷病は米国から大洋を渡って伝搬しており,その直接的な原因は不明であるが,リンゴ果実による伝搬の可能性は否定できない。
B 米国産リンゴ生果実の火傷病に関する日本のPRAは,国際基準に基づき,科学的文献や他国の類似の措置等を考慮の上,火傷病の侵入の可能性を適切に評価している。
C したがって,日本の火傷病に関する植物検疫措置は,十分な科学的根拠を有しており,SPS協定に整合している。

4 日本側主張の事実的側面と法律的側面

(1)ここで,日本の主張を事実的側面と法律的側面とに整理してみる。第1回意見書に記載された事実的側面の主張として,次の点が指摘されている。
   米国は,いかなる「科学的」証拠も,「直接的」証拠でなければならないと信じている。しかし,伝搬の可能性(likelihood)があれば足り,それは,間接的な証拠から推察することも許される。

(2)次に,日本が第1回意見書で主張した法律的側面は,次のとおりであった。
@ 日本の措置はSPS協定第2条2に適合している。
A 日本はSPS協定第5条1に整合した危険度評価を行っている。
B 日本のPRAはSPS協定第5条2(※15)の要求に整合している。
C 日本の措置はSPS協定第5条6に整合している。
D 日本は透明性に関してSPS協定第7条及び附属書B(※16)に整合している。
E 日本の措置はSPS協定第5条7の下で正当化できる。

(3)さらに,日本は,第2回意見書として,米国が,実際に起こったことが証明されていない事態に対して措置をとってはならないと主張することに対して,次のとおり,反論した。
@ これでは,危険性に関する証拠をあまりにも狭く限定してしまうことになる。
A 日本の適切な保護の水準を害する。
B それは立証責任の健全な解釈に基づいていない。

5 パネルの判断(2003年7月15日)

(1)検疫措置と対象産品の特定
   パネルは,豪州のサケ輸入禁止事件(※17)における上級委員会報告を引用しつつ,複数の要件からなるひとつの検疫措置としてまとめて審査すると述べた。
   パネルは,米国の主張を認め,米国産リンゴには,@ 米国農務省が指定した火傷病無病園で生産すること,A 輸出園地の樹木が感染していないこと,B 輸出園地の周囲に500m幅の緩衝地帯を設置すること,C 年3回園地検査を実施すること,D 果実の表面殺菌を行うこと,E 果実の包装箱の殺菌を行うこと,F 梱包施設の内部を殺菌すること,G 日本向け果実を他の果実から隔離すること,H 火傷病に感染しておらず,塩素処理の実施されたことが証明されていること,I 日本政府が証明書を確認しかつ梱包施設を検査することの各義務が課されていることを認定した。
   パネルは,検疫措置の対象産品について公平な審査を行うためには,米国の主張するような「成熟した無症状のリンゴ」(mature, symptomless apple fruit)ではなく単にリンゴ(apple fruit)を対象産品とみなすべきとした。
   パネルは,SPS協定における立証責任の問題について,ECホルモン牛肉事件の上級委員会で示された原則が適用されることを確認し,(火傷病の発生していない日本における情報が米国よりも少ないことを認めながらも)米国に対して立証責任を転換したり,より重い立証責任を課すことはできないとした。

(2)SPS協定第2条2
(2−1)パネルは,問題は日本のリンゴ検疫措置が「十分な科学的証拠なしに」(without sufficient scientific evidence)維持されているか否かであるとした上で,これを審査する際のパネルのアプローチにつき,次のように述べた。
@ 日本の検疫措置のSPS協定第2条2の整合性を審査した後に,この措置がSPS協定第5条7により正当化されうるとの日本の主張を審査する。
A SPS協定第2条2に基づき,日本の措置が「十分な科学的証拠なしに」維持されているか否かを審査するためには,以下の5点を審査する必要がある。
   ア 成熟した無症状のリンゴという概念が科学的に妥当か否か。成熟した無症状のリンゴへの措置適用に限定することが妥当か否か。
   イ 成熟したリンゴが火傷病に感染するか。
   ウ 成熟したリンゴに内生菌が見られるか。
   エ 成熟したリンゴが着生菌を寄生させているか。
   オ 内生菌または着生菌を寄生させ,または,これらの菌に感染しているリンゴが日本での感染源となりうるか。
B 「科学的証拠」は,「直接」証拠か「間接」証拠にかかわらず,科学的な方法で収集された証拠は「科学的」証拠である。「証拠」には充分な裏づけのない情報や証明されていない仮説は含まれない。状況証拠は利用可能な科学的証拠に照らしつつ検討する。
C 「十分な」という基準は,リンゴ事件における上級委員会報告によれば,問題となっている検疫措置(リンゴの輸入制限)と検疫措置が対象としている危険についての「科学的証拠」との間に適切な関係があること(合理的あるいは客観的な関係があること)が必要で,米国は,そのような関係がないことを立証する責任を負う。
(2−2)その上で,パネルは,成熟した無症状のリンゴの輸入に関する危険とその他のリンゴの輸入に関する危険とを分け,火傷病の感染に関する証拠を検討した。
@ リンゴが成熟しているか否かを区別することは科学的に可能であり,さらに成熟しているか否かによって火傷病感染の危険度が異なる。成熟している果実は感染の危険度が低い。
A 感染した果実には症状が現れ,症状はないが外部に菌が付着していた果実が後にその外部の菌に感染した例も報告されていないから,症状があるか否かもSPS協定第2条2の審査に関連する。
B ミスや違法行為によって感染した果実が輸入される危険についても考慮に入れることができる。
(2−3)パネルは,成熟した無症状のリンゴが火傷病を発症させる菌を寄生させているあるいは火傷病に感染しているという十分な科学的な証拠がないとした。
また,パネルは,米国から輸入したリンゴにより日本に火傷病が侵入・蔓延するという十分な科学的証拠はないと認定した。
(2−4)パネルは次のように述べて,本件検疫措置が「十分な科学的証拠なしに」維持されていると結論づけた。
@ SPS協定第2条2によれば,検疫措置と科学的証拠との間に合理的あるいは客観的な関係がなければならないが,科学的証拠によれば危険性が無視しうるものであるということと,本件検疫措置を構成する諸要件の性質を考慮すると,本件措置は明らかに危険性に均衡していない。
A とりわけ,(b)500m幅の緩衝地帯を設置するという要件と,(c)年3回園地検査を実施するという要件は,科学的証拠との合理的あるいは客観的な関係がない。

(3)SPS協定第5条7
   パネルは,次のように述べて,本件検疫措置がSPS協定第5条7によって正当化されず,したがってSPS協定第2条2に違反しているとした。
@ SPS協定第5条7により措置を正当化するためには,日本は以下のことを立証しなければならない,
  ア 措置が「関連する科学的証拠が不十分な」状況において適用されていること
  イ 措置が「入手可能な適切な情報」に基づき採用されていること
  ウ 措置を採用する加盟国が「一層客観的な危険性の評価のために必要な追加の情報を得るよう努め」ていること
  エ 「適当な期間内に当該衛生植物検疫措置を再検討」していること
A SPS協定第5条7の「関連する科学的証拠」(relevant scientific evidence)とは,第2条2の「科学的証拠」(scientific evidence)とは異なり,(日本と逆の立場に関する証拠も含み)争われている検疫問題(本件ではリンゴを通じた火傷病伝染の危険性)に関する一般的な証拠を意味する。本件では,第5条7に規定されるような証拠が不十分な状況ではない。

(4)SPS協定第5条1および第5条2
(4−1)パネルは,次の理由から,「危険性の評価」(risk assessment)に関する審査を行うとした。
@ SPS協定附属書A第4パラグラフ(※18)によれば,危険性の評価とは次のようなものである。
   ア 適用し得る衛生植物検疫措置の下での輸入加盟国の領域内における有害動植物や病気の侵入,定着,蔓延の可能性並びにこれらに伴う潜在的な生物学上の及び経済的な影響
   イ 危険性の評価が「それぞれの状況において適切なもの」であるか否かの評価
   ウ 「関連国際機関が作成した危険性の評価の方法を考慮」しているか否かの評価
A 「それぞれの状況において適切なもの」(appropriate to the circumstances)の基準について,本件における状況とは日本に火傷病がないという事実のほか,いったん火傷病が侵入すれば蔓延しやすいという気候条件を含む。
B 「関連国際機関が作成した危険性の評価の方法を考慮」(into account risk assessment techniques developed by the relevant international organizations)しているか否かの基準について,パネルは日本のPRAが,リンゴによる火傷病の侵入等が起こりうる経路やそのような侵入等が現実に起こる蓋然性について十分に特定し評価しているかを審査する。
(4−2)パネルは,以下のように述べて,日本のPRAがSPS協定第5条1に規定される危険性の評価の要件を満たしていないと結論づけた。
@ SPS協定第5条1の危険性評価とは,以下のようなものでなければならない  
   ア 加盟国が領域内における侵入,定着,蔓延を防ごうとしている病気と,これらに伴う潜在的な生物学上の及び経済的な影響の特定
   イ そのような侵入,定着,蔓延や,これらに伴う潜在的な生物学上の及び経済的な影響に関する蓋然性の評価
 ウ 適用し得る衛生植物検疫措置の下での病気の侵入,定着,蔓延の蓋然性の評価
A @のイにつき,日本のPRAは,火傷病が日本に侵入する可能性に関する一般的な評価を行うのみで,本件で問題となっているリンゴに十分に特定した評価とはいえない。
B また,付属書A第4パラグラフによれば,蓋然性の評価とは単なる可能性の指摘ではなく,侵入の見込みを評価しなければならず,単なる可能性よりも高い要件を課していると考えられ,この点日本は蓋然性の度合いについての評価を行っていない。
C @のウにつき,日本は現に採用した措置以外にとりうるSPS措置を検討していないし,またPRAで検討したSPS措置についても十分な蓋然性の評価を行ったとはいえない。

(5)SPS協定第5条6
   パネルは,すでにSPS協定第2条2違反を認定したことから,訴訟経済の観点からSPS協定第5条6については審査しないとした。

(6)以上より,パネルは,次のように結論づけた。
@ 日本の検疫措置はSPS協定第2条2に違反している。
A 日本の検疫措置はSPS協定第5条7の要件を満たしていない。
B 日本の検疫措置はSPS協定第5条1に規定される危険性の評価に基づいていない。
   その結果,パネルは,附属書2(紛争解決に係る規則及び手続に関する了解)第3条8(※19)にもとづき,日本のSPS協定違反により米国のSPS協定上の利益が無効化・侵害されていると結論づけた。
パネルは,紛争処理機関が日本に対して本件検疫措置をSPS協定と整合するよう是正することを求めるよう勧告した。

6 上級委員会の判断(2003年11月26日)

(1)SPS協定第2条2
(1−1)日本は,米国が成熟した無症状のリンゴ以外のリンゴについて一応の証明を行っていないにもかかわらず,パネルが火傷病の侵入の危険性がないと認定したことに対し上訴した。
上級委員会は,次のように述べて,日本の上訴を退けた。
@ ECホルモン牛肉事件の上級委員会報告によれば,申立国が協定違反を一応証明する責任を負うが,申立国が協定違反を一応証明する責任を負うことと,ある事実関係の存在を主張する当事国がそれを証明する責任を負うこととは別の問題である。非申立国も自らが主張する事実関係について証明する責任を負う。
A パネルはその審査権限を越えて米国の有利になるような認定を行っていない。
B 申立国は,SPS協定第2条2違反を一応証明するために考えられるすべての危険性について十分な科学的証拠がないことを証明する必要はない。
C 何をもって一応の証明が行われたと認められるかは申立の性質や対象によって異なる。本件では,成熟した無症状のリンゴに関する論拠のみでSPS協定第2条2違反が一応証明されたとパネルが判断したことは妥当である。
(1−2)日本は,成熟した無症状のリンゴについて一定程度の裁量を有しており,日本が合理的で科学的な根拠に基づいて措置を採用したにもかかわらずパネルがその措置を認めなかったことは,かかる裁量を否定しているとして上訴した。
   上級委員会は,次のように述べて,日本の上訴を退けた。
@ SPS協定第2条2の「十分な」(sufficient)という基準は「合理的あるいは客観的な関係」(rational or objective relationship)を意味し,その審査はケースバイケースで行われる。本件においてパネルは本件の事実関係に適した妥当な方法を用いている。
A パネルは附属書2第11条にもとづき「客観的な評価」(objective assessment)を行わなければならず,専門家の見解より日本のアプローチを重視する義務はなく,またパネルは科学的証拠の評価について裁量を有している。

(2)SPS協定第5条7
(2−1)日本は,SPS協定第5条7の「関連する科学的証拠」とは特定の状況における特定の措置についての証拠を意味し,一般的な関連する科学的証拠が不十分とはいえないとしたパネル認定は誤りであったとして上訴した。
上級委員会は,次の理由から,日本の上訴を退けた。
@ SPS協定第5条7が問題としているのは,一般的な性質の証拠が十分にあるか否かでも,検疫問題の特定の側面や特定の危険に関連した証拠が十分にあるか否かでもない。日本における火傷病の侵入等の蓋然性について評価を行うために十分な関連する証拠があるか否かである。
A パネルの事実認定から,関連する科学的証拠が不十分とはいえない。
(2−2)日本は,SPS協定第5条7は新たな危険が生じた際の「新たな不確実性」(new uncertainty)のみならず,証拠があっても未だ解明されていないような「解消されていない不確実性」(unresolved uncertainty)にも適用され,パネルはこの点前者のみに限定して認定を行った点で不当であるとして上訴した。
   上級委員会は,SPS協定第5条7は科学的不確実性ではなく科学的証拠が不十分な場合に適用される規定であり,またパネル認定は第5条7が証拠があっても信頼にたる結論を導き出せないような状況に適用される可能性を排除するものではないとして,日本の上訴を退けた。

(3)SPS協定第5条1
(3−1)日本は,特にリンゴを通じた火傷病侵入の危険性を評価しなかったことから1999年(平成11年)のPRAがSPS協定第5条1に違反しているとしたパネル認定に対し上訴した。
   上級委員会は,次のように述べて,日本の上訴を退けた。
@ SPS協定第5条1に基づく危険性の評価については,検疫措置により回避しようとする病気に関する一般的議論のみならず,その原因となりうる特定の要因も検討しなければならない。リンゴを通じた火傷病侵入の危険性を評価しなかったことを理由としてパネルがSPS協定第5条1違反を認定したのは妥当である。
A SPS協定第5条1の危険性評価を行う適切な方法を加盟国が自由に選択する権利は制限されない。
(3−2)日本は,実際に適用されている措置以外の措置の下での危険性を評価しなかったことからSPS協定第5条1に違反しているとしたパネル認定に対し上訴した。
   上級委員会は,SPS協定第5条1は実際に適用されている措置のみならず適用「し得る」(might)措置についての評価も義務付けており,この点,PRAはすでに適用されているもの以外の制度については検討しておらず,SPS協定第5条1の要件を満たしていないとして,パネルの認定を支持した。

(4)附属書2(紛争解決に係る規則及び手続きに関する了解)第11条(※20)
(4−1)日本は,リンゴを通じた火傷病の感染に関する実験的証拠について,パネルの認定は誤っていると主張した。
   上級委員会は,パネルが根拠としたその他の証拠資料を考慮すれば,パネルが裁量を逸脱し附属書2第11条に違反したとはいえないと述べた。
(4−2)日本は,パネルに提出された証拠が成熟した無症状のリンゴ「を中心とする」ものであったにもかかわらず,パネルは感染したリンゴを通じた感染経路について認定を行ったとして,附属書2第11条違反を主張した。
   上級委員会は,パネルの認定は十分に明確でなかったかもしれないが,パネルは証拠に基づき成熟した無症状のリンゴとそれ以外のリンゴの双方について認定を行っており,証拠と認定との間に関連がないとの日本の主張は認められないとした。
(4−3)日本は,専門家が火傷病の侵入を防ぐ措置をとるべきだと警告していたことを指摘しつつ,パネルは「予防原則」(precautionary principle)を適切に考慮しないとして,附属書2第11条違反を主張した。
   上級委員会は,ECホルモン事件の上級委員会報告がSPS協定における予防原則の関連性を認めつつ,SPS協定第5条1条及び第5条2の逸脱を認めるものではないと述べており,しかもパネルは専門家の警告を考慮に入れているとして,日本の主張を退けた。

(5)以上より,上級委員会は次のように結論づけた。
@ パネルは未成熟なリンゴを含めたすべてのリンゴについて認定を行う権限を有していた。
A 日本の検疫措置がSPS協定第2条2に規定される「十分な科学的証拠なしに」維持されている措置であるとのパネル認定を支持する。
B 日本の検疫措置がSPS協定第5条7によって正当化されないとのパネル認定を支持する。
C 日本の1999年のPRAがSPS協定付属書A第4パラグラフの危険性の評価の要件を満たしておらず,したがってSPS協定第5条1に違反しているとのパネル認定を支持する。
D SPS協定第2条2審査について,パネルは附属書2第11条に違反していない。
   上級委員会は,紛争処理機関が日本に対してSPS協定違反と認定された措置を協定整合的となるよう是正することを求めるよう勧告した。

最後に

 以上のとおり,日本のリンゴに対する検疫措置は,二つの事件を通じて「科学的根拠」にもとづかないものとして,SPS協定に違反するとされた。
 紛争は,今後,いわゆる「予防原則」とSPS協定との調整の問題でより先鋭化してくる。予防原則とは,たとえ因果関係が完全に確立されていなくても,その商品や活動が健康や環境に脅威となる可能性がある場合,予め措置を講ずべきとの考えである。
 ECホルモン牛肉事件において,ECが予防原則が国際法上の一般原則(a general principle of law)であると主張したのに対して,上級委員会は,予防原則の国際法上の位置づけを述べる必要はないとしつつ,次の点を指摘した。
@ 予防原則は,SPS協定違反を正当化する根拠にならない。
A SPS協定5条7および3条3は,予防原則を反映した規定である。
B パネルは,加盟国が将来に対して慎重に警戒しながら回復不可能な危険についての政策を決定していることに配慮すべきである。
C 予防原則は,SPS協定を国際慣習法にもとづき解釈することを妨げるものでない。


以  上

            池 田 崇 志  
(大阪弁護士会所属・弁護士) 

 






(※注釈)

(1)世界貿易機関を設定するマラケシュ協定 MARRAKESH AGREEMENT ESTABLISHING THE WORLD TRADE ORGANIZATION
(2)衛生植物検疫措置の適用に関する協定 AGREEMENT ON THE APPLICATION OF SANITARY AND PHYTOSANITARY MEASURES
(3) ウルグアイ・ラウンド GATTの第8回ラウンドで,1986年に南米のウルグアイで始まり,94年4月にモロッコのマラケッシュでWTO設立協定の成立をみて終了した。
(4)ECホルモン牛肉事件 ECが,域内で禁止している成長ホルモンの牛への投与を許容する米国産牛肉の輸入を禁止したことが,SPS協定に違反するとして,米国がWTOに提訴した事件。
(5)SPS協定は,GATT20条(b)項をはるかに超えた実体的義務を課しており,SPS協定の適用に先立ってGATT違反の事実が認定される必要はない(8.41)。
(6)植物検疫法(PLANT PROTECTION LAW) 昭和25年5月法律第67号。この下に,植物防疫法施行規則(昭和25年6月農令73)と輸入植物検疫規程(昭和25年7月農告206)がある。
(7)国際植物防疫条約(INTERNATIONAL PLANT PROTECTION CONVENTION)
(8)毒物及び劇物取締法(昭和25年12月28日法律303号)
(9)GATT条約23条にもとづいて紛争解決を行う場合,まず二国間協議をする必要があり,妥当な期間内に満足しうる調整が得られないとき,はじめてその問題を締結国団に付託することができる(「協調前置主義」)。
(10)SPS協定第2条2 加盟国は,衛生植物検疫措置を,人,動物又は植物の生命又は健康を保護するために必要な限度においてのみ適用すること,科学的な原則に基づいてとること及び,第五条7に規定する場合を除くほか,十分な科学的証拠なしに維持しないことを確保する。
(11)SPS協定第5条6 第三条2の規定が適用される場合を除くほか,加盟国は,衛生植物検疫上の適切な保護の水準を達成するため衛生植物検疫措置を定め又は維持する場合には,技術的及び経済的実行可能性を考慮し,当該衛生植物検疫措置が当該衛生植物検疫上の適切な保護の水準を達成するために必要である以上に貿易制限的でないことを確保する。(注) 
 (注)この6の規定の適用上,一の措置は,技術的及び経済的実行可能性を考慮して合理的に利用可能な他の措置であって,衛生植物検疫上の適切な保護の水準を達成し,かつ,貿易制限の程度が当該一の措置よりも相当に小さいものがある場合を除くほか,必要である以上に貿易制限的でない。
(12)SPS協定第5条7 加盟国は,関連する科学的証拠が不十分な場合には,関連国際機関から得られる情報及び他の加盟国が適用している植物衛生検疫措置から得られる情報を含む入手可能な適切な情報に基づき,暫定的に衛生植物検疫措置を採用することができる。そのような状況において,加盟国は,一層客観的な危険性の評価のために必要な追加の情報を得るように努めるものとし,また,適当な期間内に当該衛生植物検疫措置を再検討する。
(13)SPS協定第7条 加盟国は,附属書Bの規定に従い,自国の衛生植物検疫措置の変更を通報するものとし,また,自国の衛生植物検疫措置についての情報を提供する。
(14)SPS協定第5条1 加盟国は,関連国際機関が作成した危険性の評価の方法を考慮しつつ,自国の衛生植物検疫措置を人,動物又は植物の生命又は健康に対する危険性の評価であってそれぞれの状況において適切なものに基づいてとることを確保する。
(15)SPS協定第5条2 加盟国は,危険性の評価を行うに当たり,入手可能な科学的証拠,関連する生産工程及び生産方法,関連する検査,試料採取及び試験の方法,特定の病気又は有害動植物の発生,有害動植物又は病気の無発生地域の存在,関連する生態学上及び環境上の状況並びに検疫その他の処置を考慮する。
(16)SPS協定附属書B 衛生植物検疫上の規制の透明性の確保(ANNEX B, TRANSPARENCY OF SANITARY AND PHYTOSANITARY REGULATIONS )
(17)豪州のサケ輸入禁止事件 豪州の検疫制度による鮭輸入禁止措置が,SPS協定に違反するとしてカナダが提訴した事件。
(18)SPS協定附属書A第4パラグラフ 「危険性の評価」とは,適用し得る衛生植物検疫措置の下での輸入加盟国の領域内における有害動植物若しくは病気の侵入,定着若しくはまん延の可能性並びにこれらに伴う潜在的な生物学上の及び経済的な影響についての評価又は飲食物若しくは飼料に含まれる添加物,汚染物質,毒素若しくは病気を引き起こす生物の存在によって生ずる人若しくは動物の健康に対する悪影響の可能性についての評価をいう。
(19)WTO設立協定附属書2(紛争解決に係る規則及び手続に関する了解)第3条8 対象協定に基づく義務に違反する措置がとられた場合には,当該措置は,反証がない限り,無効化又は侵害の事案を構成するものと認められる。このことは,対象協定に基づく義務についての違反は当該対象協定の締約国である他の加盟国に悪影響を及ぼすとの推定が通常存在することを意味する。この場合において,違反の疑いに対し反証を挙げる責任は,申立てを受けた加盟国の側にあるものとする。
(20)WTO設立協定附属書2(紛争解決に係る規則及び手続に関する了解)第11条 小委員会の任務は,この了解及び対象協定に定める紛争解決機関の任務の遂行について同機関を補佐することである。したがって,小委員会は,自己に付託された問題の客観的な評価(特に,問題の事実関係,関連する対象協定の適用の可能性及び当該協定との適合性に関するもの)を行い,及び同機関が対象協定に規定する勧告又は裁定を行うために役立つその他の認定を行うべきである。小委員会は,紛争当事国と定期的に協議し,及び紛争当事国が相互に満足すべき解決を図るための適当な機会を与えるべきである。